2009年度OSS貢献者賞本田茂広氏受賞インタビュー ~PostgreSQL日本語ドキュメントのこれから~
インタビュー、写真:稲葉香理
2009年10月、独立行政法人情報処理推進機構 (以下 IPA) より「2009年度日本OSS貢献者賞」の受賞者が発表されました。 この賞は、日本におけるOSS開発の振興を図ることを目的に、影響力のある開発プロジェクトを創造・運営した 開発者や、グローバルプロジェクトにおいて活躍する卓越した開発者、OSS普及への貢献者を表彰するもので、 2009年度が第6回目となります。
この表彰において日本PostgreSQLユーザ会 (以下 JPUG) で PostgreSQLの日本語ドキュメントの整備を行っている 本田茂広氏が選ばれました。本田氏は、JPUGで文書・書籍分科会の座長でもあります。
まずは、本田氏の受賞理由をご覧ください。(以下はIPAのプレスリリースより授賞理由の抜粋)
PostgreSQLを中心に日本語ドキュメント整備を精力的に続けている。PostgreSQL が日本において確固たる地位を築いているのは、本田氏の果たした役割が大きいといえる。新バージョンのリリースに対しても、 ほぼ同時期に日本語ドキュメントをリリースするなど大変な努力がうかがえ、こうして整備されてきた日本語ドキュメントは、PostgreSQL ユーザにとって貴重な情報源となっており、ドキュメント整備による貢献 を続ける姿は、コミュニティにおける一つのロールモデル (模範) といえる。
受賞から1年がたち、2010年11月4日に韓国のソウルで開催された「第9回北東アジアOSS推進フォーラム」 において、2009年度日本OSS貢献者賞受賞者のみなさんが日中韓の OSS Award として再び表彰されました。 ソウルでの表彰式に参加された本田氏にインタビューを実施、ただ今のお気持ちをうかがいました。 非常に謙虚な本田氏の真摯な姿勢に、「継続は力なり」という言葉を身にしみて感じるインタビューでした。
Q. 2009年度OSS貢献者賞の発表から1年が経ちましたが、受賞された時のお気持ちはいかがでしたか?
表彰をいただいたPostgreSQLのドキュメント翻訳は、ボランティア活動として行っています。 昨年、受賞の連絡をいただいたとき、仕事が大変忙しく授賞式にも参加できないことが分かっていたので当初は辞退させていただこうかと考えていました。しかし、改めて考えてみると、今回表彰いただいた PostgreSQLの日本語ドキュメントは、一緒に活動している分科会のみなさんとの共同成果です。 代表で自分が受賞させていただいたのだと考えるようになり、嬉しい気持ちがわいてきました。 また、ドキュメントの翻訳という地道な活動がOSSの貢献につながっている成果が、 他のOSSのドキュメント翻訳者の方々への励みにもなればうれしいと感じています。
Q. 受賞理由である「PostgreSQL日本語ドキュメントの整備」とはどんな活動ですか?
JPUGの文書・書籍関連分科会という分科会活動として、PostgreSQLのソースコードに含まれるマニュアルを日本語に翻訳して 「PostgreSQL日本語ドキュメント」としてJPUGのサイトで公開しています。
PostgreSQL日本語ドキュメント: http://www.postgresql.jp/document/
マニュアル以外にも、PostgreSQLから出力されるメッセージの多言語化ファイルである 「メッセージカタログ」の日本語化も行っています。
PostgreSQLのマニュアルは、PostgreSQL7.1 の時代に株式会社SRA様の尽力ですべてのマニュアルが日本語化されJPUGに寄贈されました。それ以降のバージョンについては、JPUGの文書・書籍関連分科会で 引き継いで翻訳をしています。
特にメジャーバージョンのリリース時には、リリース後あまり時間をあけずに日本語のドキュメントを 提供したいと考えています。しかし、実際にはリリース直前まで元の英語のドキュメントに修正が入るため、 メジャーバージョンリリース前は、毎回ドキドキしています。
忘れられないのは、PostgreSQL8.0のリリースの時です。この時は、分科会のみなさんの協力により、リリース翌日に完全な日本語マニュアルを公開することができました。
Q. 文書・書籍関連分科会について詳しく教えてください。
文書・書籍関連分科会は、JPUGの中に属する分科会で、PostgreSQLのドキュメントを整備したり、時には海外で書かれた書籍などを翻訳する目的で設立されました。初代は石川俊行さんが座長を務められました。 その後、2003年から石川さんの後を引き継ぎ、私が座長を務めさせていただいています。2003年というと PostgreSQLのバージョンでいうと 7.4 あたりです。
分科会は、JPUGに参加している方でならばどなたでも参加できる分科会です。メンバー数には多少の増減はありますが、 みなさんボランティアメンバーで、40~50人程度が分科会のメーリングリストに登録されています。このうちの 数名がメジャーバージョンの度に翻訳者として参加いただいています。 また、翻訳者以外と同じくらいの10人程度が査読者として活動いただいています。
分科会に参加したからといって強制ではありませんので、やれるときにやりたいところを自ら手を挙げて翻訳するという形で進めています。そのため時には翻訳者が少なく苦労することもあります。かつてはメジャーバージョンの時の翻訳者が2名というときもありましたがなんとか乗り切り、今回の PostgreSQL 9.0 では約7名の 翻訳者の方に活動いただきました。
特にありがたいのは、PostgreSQLコミッタの存在です。日本人コミッタである石井達夫氏、板垣貴裕氏が査読に 参加していただけるので、技術的な面での支援をいただけています。
完全なボランティアの組織なので、翻訳や査読に参加していただいているみなさんのモチベーションが大きな力です。これをどのように維持していくかが座長である自分の務めだと考えています。
Q. 本田さん自身がこの分科会に参加されたのはいつですか?また、そのきっかけも教えてください。
2000年に参加しました。もう10年になるんですね。早いものです。 業務で Sybase というデータベースを利用しており、SQL の学習のために PostgreSQL を 1997年頃から 使用し始めていました。そんなときに、現在も分科会で活躍されている堀田氏が PostgreSQLドキュメントの翻訳者募集の雑誌記事を書いており、それが参加の直接的なきっかけとなりました。それまでに INN, sendmail などのマニュアルの翻訳を少しやっていたことも参加の後押しになったかもしれません。
Q. PostgreSQLのマニュアルを活用されている方や、分科会活動に興味のある方にメッセージをお願いします。
日ごろ、PostgreSQLマニュアルを活用いただきありがとうございます。みなさんに利用いただけることが、 私たちにとって大変うれしいことです。また、たくさんの方にフィードバックもいただいています。こちらも、よりよい品質のドキュメントを提供する上で欠かせないことであり感謝しています。これからも、活用ならびにフィードバックいただければ嬉しいです。
また、分科会活動にも興味を持っていただけたら、気軽に参加してください。敷居が高いように感じる方も いらっしゃるのですが、英語に詳しいとか、PostgreSQL に詳しいことは必須ではありません。英語や、PostgreSQL の技術的な面も色々な方がサポートしてくれることでしょう。また、必ずしも翻訳だけが作業では ありません。ドキュメントの元になる SGML ファイルを HTML 形式に変換したり、man 形式に変換したりという あたりは技術的な面も求められます。実は、このあたりが少し手がたりなく、お手伝いいただける方がいると 助かります。望むらくは、PostgreSQL に愛情を注いでいただけることです。これって抽象的で難しいでしょうか(笑)。 でも、何らかの愛情を注いでいただける気持ちがあればそれで十分です。
Q. 最後に、今後の抱負を教えてください。
引き続き、地道に頑張っていきたいと思います。それから、最終的な目標として考えていることがあります。日本語のマニュアルをPostgreSQLのソースコードに取り込むことです。これが実現されると、リリース時に PostgreSQL のソースコードをダウンロードすると日本語のドキュメントが参照できるようになります。ユーザのみなさんの利便性が高まるとともに、ドキュメントを参照いただける 方が増えるのではないかと期待しています。これを実現できるよう、分科会のみなさんと協力していきたいと思います。
インタビューを終えて
授賞式直後のお疲れのところにも関わらず、快くインタビューに答えていただきました。 お話をうかがって、10年という長い歳月、着実に活動された成果が評価をいただいたことにインタビュアーとしても 大変うれしく感じました。これからも、本田さんをはじめとする文書・書籍関連分科会の活動に期待したいと思います。
2010年11月4日 ソウルにて