PostgreSQL利用の現状
NTT オープンソースソフトェアセンタ 坂田 哲夫
第1回 PostgreSQL利用の現状 - データに見る現状と課題、そして展望
はじめに
このサイト Let's PostgreSQL は、PostgreSQL を利用しようとする方、これから PostgreSQL を採用する方に向けて、さまざまな情報を発信することを目的として開設しました。それでは、現時点で PostgreSQL はどのように利用されているのでしょうか? また、利用を進める上で何が課題になっているのでしょうか?
このレポートでは、ネット上で手に入る各種のデータをもとに、これらの問いに答えることを試みます。これから PostgreSQL を利用しようとしている企業の方には、現時点での普及や利用の状況を知ることは、利用の判断のために役立つことでしょう。すでに利用していても、まだ適用していない分野への展開や、自社の強みを分析する上で参考になるでしょう。
また、個々の技術者の方にとっても、PostgreSQL の利用方法や課題とされている事柄を知ることは、今後身に着けたい技術を考える上で、お役に立つのではないかと思います。
全体の構成と情報ソース
このレポートは2回に分けて、PostgreSQL の利用動向と、利用を妨げている要因といった、利用に向けての課題を紹介します。その上で、コミュニティや業界に出来るであろう対処について考えます。
- 利用の現状(今回)
PostgreSQL はどの程度利用されているのか、利用の方法や時間的な変化はどうなっているのか、他の OSS の DBMS と比較した場合の特色は何か。 - 課題と展望(次回)
PostgreSQL を業務システムの DBMS に採用し利用していく上で、何が課題となっているのか、どのような解決策が求められているのか。
上に挙げた疑問に対して、具体的なデータを踏まえて答えを出していきます。
情報源
情報源としては、本レポート全体を通じて(財)情報処理推進機構(IPA)が発行した以下の調査報告書を主に参照しました。出典を示す時には「調査[1]」のように番号で示します。
- (財)情報処理推進機構, "第2回オープンソースソフトウェア活用ビジネス実態調査" , 2009.
- (財)情報処理推進機構, "我が国のOSS 活用IT ソリューション市場の現状と将来展望に関する調査" , 2008.
この2つのレポートはタイトルは違いますが、OSSを活用したITソリューション市場の調査、という同一のテーマで書かれています。
調査対象となったのは、以下のようなIT関連のサービスを提供する企業です[1]。
- ソフトウェア業
- ユーザからの受注に基づくオーダーメイドのソフトウェア開発や、イージーオーダーのソフトウェアプロダクトの開発・販売など
- 情報処理・情報サービス業
- オンライン情報処理サービス、ASPサービス、コンサルティング、システム等管理運営受託、データベースサービスなど
- インターネット付随サービス
- データセンタ、コンテンツ配信など
- その他
- ハードウェア販売、教育など
この2つの調査では、IT ソリューションを提供する側から市場を調査しているといえます。調査[1]の対象となったのは、日本国内にあるIT関連企業です。全体で約5700社あり、アンケート用紙を送付して回答を依頼し、そのうち約800社から回答を得ています(*1)。このレポートでは、これらの企業を「IT 企業」と呼ぶことにしましょう。
(*1) 日本国内にあるすべてのIT関連企業を網羅的に調査する『特定サービス産業実態調査』では、1万700あまりの事業所を対象にしています。調査[1]では、アンケートの回収結果を『特定サービス産業実態調査』とつき合わせたうえで、平均売上高や地域分布を比較して、ほとんど差がないことを示しています。
このほか、以下の情報も補助的に参考にしました。
- 工藤 淳, "シェアの差はそのままデータベースの実力の差か?~RDBMS各々のメリットとデメリット比較~" , インプレス, 2005, http://www.thinkit.co.jp/cert/compare/8/1/2.htm .
- ITMedia, "MySQLのデータベース市場シェア、25%増" , ITMedia, 2007, http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0703/24/news003.html .
- 日本 PostgreSQL ユーザ会, "PostgreSQLセミナー2009春・アンケート結果" , 日本 PostgreSQL ユーザ会, 2009, http://www.postgresql.jp/events/soukai2009/ .
利用の現状
普及の度合い
ここでは、先にあげたIPAの報告書[1],[2]に基づいて、PostgreSQL を含む、OSS-DBMSがどれくらい利用されているかを見てみます。
図1には、PostgreSQL, MySQL, Firebird の3つの DBMS について、「現在利用している」「現在利用していないが、今後利用する」と回答した企業の割合を示しています(図ではこの2つを「利用中」「今後利用」で示します)。この図を見ると、次のようなことがわかります。
- 2008 年の結果を見ると、PostgreSQL, MySQL については、利用中・今後利用ともにほぼ同じ結果です。約 38% の会社がこれらの DBMS の利用しており、今後利用するを含めると、45%程度の会社が利用することが見込まれます。
- 2007 年度と 2008 年度を比較すると、PostgreSQL, MySQL ともに利用中が増えているものの、今後利用するとした企業が前年の半分以下に減っています。この2つの調査結果だけでは減少の理由はわかりませんでした。解明と対策が必要でしょう。
- Firebird については、利用中と答えた数値は変わらず、今後利用とした企業が倍増しています。
注目される利用形態
次に、PostgreSQL がどのように利用されているかについて見てみましょう。調査[1]には利用形態を直接問う質問はありませんが、顧客から OSS を利用したシステム開発等の引き合いが増えている案件の特徴を調べているので、ここからどのような利用形態が注目されているかが推測できます。
調査[1]では、「 OSS を利用したシステム開発等の引き合い」の増減を質問し、全回答企業の約2割が「増えている」と回答しています。さらに増えている案件の特徴をいくつか挙げて選択させています。選択肢のうち PostgreSQLに関連するのは「商用 DBMS から OSS DBMS への移行」と「LAMP やLAPP を利用したWeb アプリケーションシステムの開発・運用」の2種類です。
商用DBMSからの移行
商用 DBMS からの移行について、移行元になっている商用 DBMS と移行先として選ばれているOSS DBMSの割合を図2に示しました。回答したのは約40社です。図からは次のことがわかります。
- 移行元の DBMS で一番多いのは Oracle で、ついで SQL Server です。これはおおむね今の日本国内での商用DBMSのシェア[3]を反映しているでしょう。
- 移行先の DBMS では PostgreSQL が最多で、MySQL が続きます。この割合が一般の OSS DBMS のシェアと一致するかどうかは、次の Web アプリケーションのところで述べます。
LAMP や LAPP を利用したWebアプリケーション
次に、LAMP や LAPP を利用した Web アプリケーションの引き合いで、どの DBMS が選定されているかを、図3に示しました。この問いでは、利用した DBMS は PostgreSQL か MySQL かの二者択一ですので、両方を選定している企業が算出できます。図からは、次のことがわかります。
- PostgreSQL と MySQL は同数の企業が選定しています。LAMP という利用形態は MySQL 躍進の原動力とされていて[4]、PostgreSQL に差をつけると予想しただけに、意外な結果です。
- 全体の約2割の企業が PostgreSQL と MySQL の両方を選定しています。
- 上で書いた商用 DBMS の移行案件のケースでは、PostgreSQL が MySQL を大きく上回っていましたが、Web アプリケーションではほぼ同数です。このことから利用形態によって DBMS を選択する顧客や IT 企業の振る舞いがうかがえます。
PostgreSQL 選択の理由
先にみたように IT 企業が DBMS として PostgreSQL を選ぶ理由としては、その利用のしかたがあることがわかります。では、そのほかにどのような観点で、DBMS を選んでいるのでしょうか? 一般に、DBMS を選択するときの観点としては、以下のような観点が考えられます。
- 機能が十分に用意されているか
- 性能が十分良いか
- 採用実績はどの程度あるか
- サポートが充実しているか
DBMS を採用する観点について、2009年春の PostgreSQL ユーザ会のカンファレンスでのアンケート結果[5]を分析したグラフを図4に示します(選択式で複数回答を許しています)。
この分析では、PostgreSQL を採用した人が挙げた理由と、採用しなかった人が挙げた理由とを対比しています。この図からは次のようなことがわかります。
- PostgreSQL を選ぶ人は、機能と性能に注目して選んでいる
- PostgreSQL を選ばなかった人は、サポートの不足を心配している
これらの理由からは、PostgreSQL は性能・機能といった DBMS に求められる基本的な特性では十分実用の域に達していること、今後の課題は有償サポートを含むサポートの充実であって、この点が解決されれば、より一層の普及が期待できることが示唆されます。
まとめ
今回は各種のアンケート調査を通じて、PostgreSQL の利用の現状を報告しました。
- すでに、30%以上の IT 企業で PostgreSQL を業務として利用しており、近いうちに半数近い企業が利用する見込みです。
- 近年増えつつある、Oracle からのデータベースの移行先としては、OSS の DBMS では圧倒的に PostgreSQL が選ばれる傾向があり、MySQL が普及していると考えられる Web アプリケーションの分野でも MySQL と同程度には利用されていると見られます。
- PostgreSQL が選ばれる理由は、その機能や性能が十分実用に耐えるレベルに達しているためである、と考えられます。
- 今後、PostgreSQL に対する各種のサポートサービスが充実すれば、より一層の利用が期待できます。
今回のレポートはここまでです。次回は、同じく IPA の報告書を中心として、PostgreSQL を一層普及させるうえでの課題について報告します。
(2009年12月17日 公開)